★ 2013年1月1日

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    2013年1月1日 明けまして おめでとうございます。



    子供が学校で先生に石川啄木の短歌を教えてもらったと話してくれました。

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    何となく 今年はよい事ことあるごとし 元日の朝、晴て風無し

    by 石川啄木

    風も無く、穏やかに晴れたすがすがしい元日の朝、
    今年は何かいいことがありそうだなあ・・・

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    誰しもが、新しい年こそ良い事があると願うお正月。

    元日の朝 その時の気持ちが伝わってくる歌だと思いませんか?。

    今年は啄木が読んだ歌のような 良い天気で風のない元旦でしたね。

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    【 参 考 】

    石川啄木は、ご存知の通り歌人です。

    「はたらけど はたらけど猶(なほ)わが生活(くらし)楽にならざり ぢっと手を見る」

    と言う歌が有名だと思います。

    この歌は「悲しき玩具」に収録されています。

    明治44年1月号の雑誌「創作」でこの歌が初めて出てきます。

    【 この歌の背景 】

    「 何となく 今年はよい事ことあるごとし 元日の朝、晴て風無し  」

    一見幸せそうなお正月の歌ですが、

    明治43年暮れの啄木は。

    年齢でいくと24歳。25歳?(数え年?)で

    明治42年3月から東京朝日新聞に勤め始めたそうです。

    この時期、石川啄木は、それなりの仕事を任せられ、忙しく働いていたそうです。

    6月に幸徳秋水ら無政府主義者の「大逆事件」が起こり、 石川啄木は強い衝撃を受けます。

    そして、この年の10月には待望の長男が誕生。
    その後、啄木は長男をわずか24日で亡くします。

    父も母も妻も不健康で、
    自分も体の不調のため夜勤をやめました。

    この時期、いくつかの小説や評論を書いていましたが、
    どれもお金にはならなかったそうです。

    そして、石川啄木の借金は増えるばかり、

    暮れには、集金の人を犬でも追い払うかのように追い返さざるを得ない状態だったそうです。

    「而して残額僅かに一円二十一銭に過ぎず。」
    負債は百数十円・・・。

    この歌を歌った時の啄木はどういう気持ちだったのでしょうか?
    苦しかった1年も 今夜、一夜明ければ『新年』になる。
    去年1年間、ちっともいいことがなかった、
    今年こそ、いいことがあってほしい。

    この歌は啄木が苦しい環境の中、
    未来に強い希望をもって作った歌だったそうです。
     
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    posted by: | 心に残った言葉・考えたこと | 21:25 | comments(0) | - |